女優はバカな方がいい

うらやましいな、と思う人がいた。 颯爽と自分の道を歩いている人を見て、小さな棘が刺さる感覚がある。そういうことが、たまにある。

26歳のとき、女優をやめた。 中学生のころからずっとなりたかった。オーディションに受かったこともある。映画に出て、NHKのドラマに出て、CMにも出た。プロとして仕事をしていた。でも、ある言葉を何度も言われ続けた。 「女優はバカな方がいい」 「なんで、東大でて女優やるの? 官僚や弁護士になれば」 私も若かったし、そんな時代だったから、その言葉を信じた。 「考えすぎるから女優としてダメなんだ」と悩むようになった。そして26歳という年齢が、妙に重くのしかかってきた。あの頃の26歳は、「ここでどうにかならないと、一生がだめになる」と本気で思えた時代だった。

だから、やめた。 人生でただひとつ「もしあのまま続けていたら」と思うことがあるとすれば、これだ。失敗したかもしれない、ではなく。続けていたら、何か特別なものになっていたかもしれない、という確信に近い感覚として。

でも、やめた。そして次の場所で、また戦い始めた。 


その後の道のりを、履歴書的に書くつもりはない。 ただ、振り返ると、私はいつも「手放す」ではなく「抱えながら進む」を選んできた気がする。 


ソフトバンクでは新規事業の立ち上げをして、何社か転々とした。40歳のころ、いったん会社を辞めてシナリオライターを目指し、寺子屋のような場所で修行した。そのさなかに、食い扶持を稼ぐためにパートタイムではじめたベンチャーキャピタルの仕事が面白くなって、今度はそちらに飛び込んだ。2005年当時、日本でセカンダリー投資をやっている会社は2社しかなかった。その1社で、英語が話せる人間がいなかったから、国内の案件に加え、グローバルの案件は私の担当になった。楽しかった。


諦めた、というよりも、面白いものを見つけたら、そちらへ動いた。

コーチングに辿り着いたのも、悩んだからだ。

うまくいかない時期があった。どう生きるかわからなくなった時期があった。その経験があって、今がある。1,000人近くのクライアントと向き合ってきた。起業家、経営者、人生の岐路に立つ人たち。

私は彼らに「答え」を渡すつもりはない。一緒に考える。そして、何よりも一緒に感じる。

私は捨てられなかった。女優への未練も、シナリオへの夢も、うまくいかなかった記憶も、羨ましいという感情も、ぜんぶ抱えたまま、ここまで来た。それが私の物語だと、最近ようやく思えるようになってきた。

そして気づくと、私のところに来るクライアントも、同じように抱えている人が多い。捨てられない責任感、手放せない理想、折り合えない現実。華やかに見えるポジションにいながら、誰にも言えないものを抱えている。 捨てずに抱えながら進む。それはとても美しいものだと、今の私には思える。