違いは間違いじゃない

妹とは、明らかに価値観が違う。

私は達成中毒だ。常に何かにチャレンジして、達成したい。石橋があれば、渡る前にもう走り出している。妹は逆だ。石橋を叩いて渡る、というレベルではない。叩きすぎて、割ってしまう。長年、それを見て「慎重すぎる」と思っていた。

でも最近気づいたことがある。妹は、doingそのものを楽しめる。妹はインスタに、動物をキャラにした中々味のあるイラストをアップしている。誰かに見てもらおうとか、評価されようとか、そういう目的はない。ただ描くのが楽しいから、描いている。

もし私に同じ絵が描けたら、と想像してみる。多分、こう考える。売れないか。個展を開けないか。漫画にして、Xに流せないか。コミックエッセイにできないか。

描くことそのものを、味わえない。すぐに目的をつくってしまう。


「違いは、間違いじゃない」。この言葉を最近、あるメルマガで見た。頭では当然のこととして分かっていたつもりだったけれど、妹のインスタを見て、まだ足りていなかったことに気づいた。

私は妹の「目的のない楽しみ方」を、どこかで自分より一段低いものとして見ていたのかもしれない。でも、目的をつくって走ることと、目的なく味わうこと。どちらが欠けても、人生としては足りない気がする。


もう一つ、気づいたことがある。

私は約束や時間は守るようにしている。物が出しっぱなしなのも嫌いだ。だから、同じことについては、人にも厳しくなりがちだ。大人なので、口には出さない。心の中で思うだけだ。

でも、その厳しさは、実は一貫していない。相手によって、厳しさの出方が違う。昔からの友人に、必ず5分遅れる人がいる。何十年経っても、直らない。でも、それについては、何とも思わない。平気だ。

一方、私は料理が嫌いだし、適当だ。戸の開け閉てを含む生活音がうるさく、母にもよく注意されたが、治らない。イライラする人も居るだろう。自分で気づいているだらしなさだけでも、これだけある。気づいていないものは、もっとあるはずだ。

つまり、私の厳しさは、なんの基準でもない。自分がそれを大切にしているかどうか、その人を好きかどうかで、揺らぐ。5分遅れの友人に寛容なのは、彼女のことが好きだからだ。

和気香子|エグゼクティブコーチ

2012年より独立。累計約1,000名のクライアントと向き合ってきた。

「人の気持ちがわかる人、わからない人~アドラー流 8つの感情整理術~」

「人間関係の整理術」

お問合せ

エグゼクティブ・コーチ 和気香子

事業が動き始めた頃、昇進した後の孤独。 1→10の事業家と、組織で闘う女性マネジメント層へ。 経営・対人関係・感情の複雑さを整理し、行動へつなげるエグゼクティブコーチング。