「やってる」の行き先

日曜の朝、ラジオを聴いていたら、ブッダの言葉として、こんな話が紹介されていた。教えを乞いに来た人に、「3歳の子でも知っていることを、あなたは知っている。でも、あなたは実行できていない」と言ったという。

気になって調べてみると、もとになっているのは、どうやらこの話らしい。


唐の詩人、白居易が禅僧に「仏法の大意とは」と尋ねた。答えは「悪いことをするな、善いことをせよ」。白居易が「そんなこと、3歳の子でも言えます」と返すと、禅僧は言った。「3歳の子でも言えるが、80歳の老人でも行うのは難しい」。この「悪いことをするな、善いことをせよ」は、ブッダの教えとして経典に残っている言葉だという。

そのあと教会のミサで、神父さまも同じようなことを仰った。「知っている」と「できる、やっている」は違う、と。


同じ日に、同じ話を二度聞いた。


コーチングのトレーニングを受けたときにも、「知ってる→出来る→やってる」になることが大切だと教わった。知っているだけでは何も変わらない。出来るようになって、それを日々やっている状態になって、はじめて身につく。クライアントにもそう伝えてきたし、今もそう思っている。


ただ、自分のことを振り返ると、少し引っかかる。


私の毎日には、「やってる」が多い。朝7時前に起きる。英会話アプリ。声帯トレーニング。背中のストレッチ。Spotifyでニュースを聞く。仕事に関係する本を読む。スポーツクラブ。どれも続けている。なのに、心身の余裕がなくなっている。「やってる」ばかりになるのも、何か違う。


一つずつ見ていった。この中で、本当に自分がありたい姿から出ているものはどれか。


真っ先に浮かんだのは、声帯トレーニングだった。いつまでも元気な声を出していたいし、年齢とともに嚥下の問題が起きやすくなると聞いたから。これは、自分の体と、この先の自分のためにやっている。


他はどうか。やっているときは、どれも一人だ。誰にも見られていない。でも、その先は「どう見られるか」につながっている。「なんでもやってる偉い和気さん」。もしそれが私の在り方だとしたら、それは違う。人の目を気にしすぎていて、ありたい姿ではない。


ただ、改めて見ると、そう単純でもなかった。


英会話アプリは、最近楽しい。英語で話すのが苦にならなくなったから。2年間もアメリカに留学したのに、英語を話すことにはずっと苦手意識があった。いつか英語での雑談が出来るようになりたいと、ずーっと思っていた。通訳学校にも行ったし、オンライン英会話も試した。長続きしなかった。今のアプリが続いているのは、手軽だから。好きな時間にできる。そして、自分が考えている文句や悩みを、グダグダ言える。そして、英語ネイティブの人複数のなかで雑談できるようになった。文法なんかどうでもいいから自分の言いたいことを言えるようになった。


20年かかって「出来る」に届いたら、「やってる」が楽しいものに変わった。


スポーツクラブも、ダンス系のエクササイズは好きだ。リズムに乗って身体を動かすのは楽しい。それでも、忙しいときは、行くのに気が重くなる。好きなことでも、たくさんの「やってる」と一緒に詰め込まれると、重くなる。


「知ってる→出来る→やってる」は大事だと、今も思う。でも、「やってる」が増えすぎて余裕がなくなったとき、見直すのは数だけではないのかもしれない。それぞれの「やってる」が、どこに向かっているか。自分のありたい姿なのか、どう見られるかなのか。


外から見れば、同じ「やってる」だ。行き先の違いは、やっている本人にしかわからない。明日の朝、並んだルーティンを前にして、私はどれを選ぶだろう。

和気香子|エグゼクティブコーチ

2012年より独立。約1,000名のクライアントと、延べ1万時間以上向き合ってきた。急ぎませんので、必要になったときにどうぞ。→はじめての方へ

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